3

「今日は良くやった。あれでこそ誇り高きサイヤ人の王子に相応しい」

赤いビロードの垂幕に飾られた壇上をゆっくりと歩き、父はよく通る深い声で息子を賞賛した。足音と話し声が高い天井に反響する。
 古代の神殿を模した白色の十二角柱の柱が、等間隔に円を描いて並び立つ大会議場。サイヤ人の信仰心は見えざる神にではなく、極限まで精神と肉体とを鍛え上げた、ただ一人の同胞に向けられる。偉大な建造物はそのまま、現在の最強の戦士に対する民族の忠誠を示すものに他ならない。
「畏れ入ります」
幼さに似合わぬ慇懃さで少年は胸に手をあて一礼した。口元に浮かべた儀礼的な笑みに反して、両の目はこの日の戦いの興奮が未だ治まらず、ぎらぎらとした光を放っていた。
父王は息子の控えめな態度の裏を見透かしたように、にやりと笑う。
「余力を残したな」
かけられた言葉に、息子は怪訝そうに顔を上げた。

「今のお前の力なら、あのまま挑戦を続けることもできたはずだ。上級戦士の資格を得ただけで満足だと? 馬鹿な」
「俺はそんなことは」
「誤魔化せるとでも思ったか。お前はこの俺との戦いを避けるために、わざわざ格下の相手に接戦を演じてみせた。だがその判断は正しかったな。今のお前では俺には勝てん」

「力ではほぼ互角、だが技のパターンが少ない。経験も足りん」
父王は自分の背丈よりも高く、青々とした葉を茂らせている観葉植物の前に立つと、ほんの手慰みというようにその一枝をへし折った。力弱い者の目には、王が枯れ枝を折るように容易く生木を折ったのだと映っただろう。しかし幼い息子の目は見逃さなかった。
父は、指先でほんの瞬間枝を回転させ、生きた木をその幹から捻じ切ったのだ。
そう、彼は父親の動作を見抜くことができる。真似をすることもできるだろう。だが先手を打って予測することができない。戦いにおいては致命的だ。先ほどの父の指摘は、全て正鵠を得ていた。

「お前に今日の戦いの褒美をやろう。今日から、惑星ベジータの名を名乗るがいい」

「名乗るだけで、お前がサイヤ人最強の戦士だと分かる」
「俺はまだ、最強の戦士ではありません」
「ならば早くその名に相応しくなるんだな。だがサイヤ人の中で最強になっても、それで満足はするな。まだフリーザがいる」
王は力強い腕を真直ぐ伸ばし、ドームになった天窓を指差した。月の光が王の体を縁取り、その小さな体を常よりも大きく見せた。

「不幸にして我らは宇宙に出るのが遅れた。優れた戦士の資質を持ちながら、それを磨く機会を得なかった。
もっと早くこの星を出ていれば、フリーザのような奴の下につくこともなかっただろう」
「何者ですか、そいつは」
王は腕を下ろし、忌々しげに吐き捨てた。
「どこか銀河系の果てからやって来た怪物だ。この数十年で支配を広げてきた。誰も敵わん…。今はまだな」
深い沈黙が落ちた。父王は息子に歩み寄り、その肩に手を置いた。

「全宇宙を支配するのはサイヤ人だ。忘れるな」
言葉に出して言われるまでもなく、ベジータも全く同じことを考えていた。自分よりも強い者が存在すると知る、この感覚。手足がふわふわと落ち着かず、何かを打ちのめしたいと闘争心が暴れ出す。およそサイヤ人ならば、どんな下級戦士でも同じように感じるはずだ。

「俺がやる。フリーザという奴を倒し、誰よりも強くなってやる」

 王はベジータの返答に満足して頷くと、マントを肩にかけた。
「来い。フリーザがお前に興味を持ったようだ」
同じ足取りで会議場を後にする2人の背を白い月の光が照らしていた。

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