言葉なんていらねェ
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縁側で月を見上げながら、政宗は杯を傾けていた。
普段ならば共に杯を傾ける小十郎も、今日は傍らに居ない。

今日は八月三日、政宗の生まれた日。
つい先程まで盛大な宴が開かれ、皆酔い潰れてしまったのだ。
珍しく小十郎も羽目を外して酒を飲んだおかげで、良直達と共に大広間で大の字で眠っている。
部屋のあちらこちらから鼾が聞こえる中で、どこか酔い切れなかった政宗は一人縁側で手酌で酒を飲んでいた。

勿論小十郎や兵達が催してくれた宴は当然嬉しかったが、心の奥に少しだけ寂しさを抱いていた。
年に一度の此の日に、逢いたい人は遠い海の向こう。
きっと今頃は、宝を求め風の吹く侭航海に出ているだろう。
空になった猪口に酒を告ごうと徳利を持ち上げるが、手にした其れも空っぽだった。
仕方なく立ち上がると、大広間に向かい、酔い潰れた者達を器用に避けながら卓の上の酒瓶を探して歩く。

「…どれだけ飲みやがったんだよ。」

溜め息を吐きながら政宗が言うのも仕方ない。
卓に置かれた酒瓶は、どれもこれも空なのだから。
酒を諦め火照った体を冷ましに縁側に戻ろうとすると、突如庭からガサリと音がした。

「Ah?狸か?」

山から降りてきた狸が、屋敷の外に小十郎が吊した野菜でも狙ってやってきたのか…。
少しくらい分けてやるかと思った政宗が庭から目を離した刹那、生け垣をガサガサと掻き分けて現れたのは狸ではなかったようだ。

「何やってんだよ?」
「おゥ、遅くなっちまったな。」

政宗の目の前に現れたのは、大きな風呂敷包みを手にした元親。
見慣れた暗紅色の具足ではなく、鯔背に着流しを着ている。

「おわッ?」

生け垣の木の枝に着流しの裾を引っ掛けた元親。
豪快に肌蹴た着流しの隙間からは、白い脚が覗いている。。
政宗はカラカラと笑いながら庭に出ると、枝から裾を外してやる。

「Hey!随分積極的じゃねェか?」
「馬鹿言ってンじゃねェ、獣じゃねェぜ!」

元親が笑いながら言い返すと、政宗はニヤリとして言う。

「いつものアレじゃねェッて事は、泊まってく気満々じゃねェかよ。」

屋敷に向かって歩き出した政宗の後を追いながら、元親は答える。

「おゥよ、暫く世話になるぜ。」

さも当たり前の様に答える元親に、
縁側に上がった政宗は言った。

「此方の都合は無視かよ?」

元親は縁側に大きな風呂敷包みを置くと、ドカリと胡座を掻いて言った。

「どうせアンタ、嫌だって言わねェから聞かねェだけよ。」

さも当たり前の様に答えた元親。
その様子があまりにも可笑しくて、思わず吹き出した。

「…なんか可笑しな事言ったか?」
「アンタNaturalに可笑しいからタチ悪ィわ。」
「なんだ?その夏なんとかって。」

政宗の言葉にキョトンとした表情で、小首を傾げて問う。

「夏じゃなくて、ナチュラルな。天然って事よ。」
「はっは、そりゃ何も考えてねェからな。」

元親は、豪快に笑い出した。
こういった自然体なところに惹かれるのだろうか。
柱に凭れてそんな事を考えながら元親を見遣り、フッと笑うと元親に言った。

「ちょっと酒取ってくるわ。」

凭れ掛かっていた柱をトンと蹴り、厨に向かって歩き出そうとする政宗。
すると元親は、風呂敷包みを広げながら政宗に言う。

「酒なら持ってきたぜ?」

風呂敷包みから一升瓶を取り出すと、ドンと床に置く。

「気が利いてんじゃねェかよ。」
「…当然つまみもあるぜ。」

したり顔で言いながら竹の皮に包まれた小さな包みを開いた瞬間、フワリと甘辛い匂いが鼻を擽った。

「そいつは何だ。」
「鯨の佃煮だ。」
「鯨ァ?」

政宗が驚いた様子で問い掛けると、元親は悪戯な笑みを浮かべながら答えた。

「騙されたと思って食ってみなって。旨ェぜ?」

そう言って床に置いてあった空になった政宗の猪口を手にする。
其れに酒を注いでいる元親に、政宗は言う。

「Wait a sec.猪口持ってくる。」
「あー…此でいい。」

元親は腕を伸ばすと大広間に転がっていた猪口を手に取り答える。
手酌で酒を注ごうとしている元親から、政宗は酒瓶を奪う。

「おっと、手酌はいけねェぜ?」
「悪ィな。」

なみなみと猪口に酒が注がれると、クイと一気に空けた。
そして鯨の佃煮を摘むと、ぽいと口に放り込む。

「かぁッ!やっぱり鯨旨ェぜ。」

あまりに旨そうに佃煮を食べる元親の姿を見て、政宗も佃煮を口に入れる。

「…旨ェな。」
「…だろ?」

嬉しそうにそう言った元親の表情は、褒められた子供のようだ。
そんな元親を見つめる政宗の表情も嬉しそうなのだが。
もぐもぐと佃煮を食べている元親に、政宗は問い掛けた。

「そういや急にどうしたんだ?」
「んあッ?何がだ?」

猪口に注がれた酒をクイと飲み干し、元親は問い返した。

「急にふらっと現れたからよ。」
「あン?わからねェか?」

そう言って口角が上がったのを不思議に思った刹那、元親の長い指が政宗の顎を捉えた。
次の瞬間唇に感じたのは元親の温もり。
そして啄む様に交わされる口付け。
口内に酒の甘さを感じながら、政宗の体温は急激に上がっていく。
其れは少しだけ飲み過ぎたせいなのか、はたまた元親の甘い口付けのせいなのか…。

「…本当はもう少し早く着く筈だったんだけどな。」

一旦唇を離してそう告げると、政宗を腕の中に抱いて首筋に口付けた。
そして元親の唇は、耳元へ向かう。
甘美な疼きが政宗を包み込んだ頃、かぷりと耳朶を甘噛みしてから甘い声で告げた。

「…どうしても今日中に逢いたかったンだ…年に一度の大事な日じゃねェかよ?」

自分が生まれた其の日を覚えてくれたというだけでも嬉しいというのに。
其の日に逢いたいと思っていてくれた事に、政宗の胸は熱くなる。
だが、そんな心中を気取られない様に、わざと憎まれ口を叩く。

「珍しいじゃねェか、アンタが俺の言った事覚えてるなんてよ。」
「馬鹿野郎、いつだって覚えてらァ。」

政宗を腕に抱いた侭、ぷいと頬を膨らませて言い返す。
そんな元親が堪らなく愛しくて、膨らんだ頬に口付けた。

「Thanks…元親。」

耳元に唇を寄せ普段はあまり呼ばない名前を呼んでやると、明らかに動揺した様子で短く答えた。

「お…おゥ…」

滅多に感謝の気持ちを素直に表に出さないのに。
政宗が告げた短いけれど想いの詰まった言葉が擽ったかったのか、元親は言葉の続きを体で表す。
軽々と政宗を持ち上げ胡座を掻いた脚の上に座らせる。
政宗が元親の厚い胸に凭れると、ギュッと抱きしめられた。
触れ合った背中から感じる鼓動は、いつも政宗の心に穏やかな安らぎを与えてくれる。
下から元親を見上げながら、政宗はぽつりと呟いた。

「…伝わるモンだな。」
「当たりめェよ。」
「まだ何も言ってねェぜ?」
「こうしてりゃアンタの考えてる事が全部わかるぜ?」

元親は政宗を抱きしめた侭、頬と頬をつける。
酒で火照った政宗の温もりは、なんだか心地良い。
そんな元親の頭に手をやり引き寄せ、自信ありげな唇にそっと口付けた。
そして再び元親の胸に身を委ねると、瞼を閉じて政宗は言った。

「なんだか眠くなっちまったわ…」
「どうせ飲み過ぎたんだろ?」
「そうじゃねェ…アンタにこうされてると、心地良過ぎんだよ。」
「ンだよ、折角野郎共でも船酔いでぶっ倒れるくれェ飛ばして来たってのによォ。」

憎まれ口を叩きながらも、実は嬉しい。
そっと政宗の髪を撫でながら、穏やかな口調で告げる。

「…寝ちまいな。こうしててやっからよ。」

そう告げてやると、政宗は寝息を立て始めた。
凛とした顔も、今は子供の様にあどけない。
そんな穏やかな寝顔を見つめながら、誰に聞かせる訳でもなく元親は呟いた。

「アンタの言葉、俺が忘れる訳ねェだろ…」

フッと笑いながら呟くと、柱に凭れ掛かかった。
政宗の温もりを感じながら、幸せな気持ちになる元親だった…。


―完―
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