手揉み処 瀬戸内
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とある用事で四国へと足を運んだ道すがら。
現地で調達した馬に揺られながら、政宗はポツリと呟いた。

「…小十郎。」
「如何なされました?」
「…怠ィ。」

小十郎はまたいつもの事かと溜め息を吐くと、主に向かって言葉を返す。

「…政宗様、ここのところ鍛錬を怠っておられるからですぞ。」
「仕方ねェだろ?書類の山持って来るの誰だよ?」

同盟国からの書状に、軍備増強の為の経費の計算書の確認。
元々机に向かって筆を走らせる事が苦手な政宗は、山の様にそれらを溜め込んでいた。
つい二、三日前に小十郎に見つかりこっ酷く説教を喰らったうえ、朝から晩まで書状と格闘していたのだった。
その様な状況で鍛錬などする気も起こる筈もない。

「其の分早起きをすれば鍛錬の時間は取れますが。」
「朝から六本も刀持つの怠ィ…。」
「では鍛錬の時は一本では…」
「六爪流じゃない俺なんて、俺らしくねェ。」
「………。」

小十郎は昔の様に尻を叩いてやりたい心境に陥ったが、そこは今では奥州筆頭であり主である政宗。
流石に其れは出来ない。

「政宗様、仮にも奥州を纏め上げておられる方が、其の様な事を申されては士気に関わります故…」

いつもの小言が始まってしまったので、政宗は欠伸をしながら聞き流す。
そんな事に全く気付いていない小十郎は、クドクドと小言を続けていた。
頬を撫でる潮風と、ゆらりゆらりと心地良い馬の歩み。
小十郎の小言でさえも、今の政宗には子守歌のようだ。
瞼が次第に重くなる政宗だったが、突然進行方向をじっと見つめて呟いた。

「Ah?なんだありゃ?」
「…如何なされました?」
「なんだあの派手な色合いの小屋は?」

政宗が指差した方を見遣ると、小さな小屋が建っている。
確かに政宗が言うように、紫色と緑色で彩られた些か派手な佇まいである。
小屋の前で馬を止めた二人は、小屋に掛けられた看板の文字を同時に口にした。

「手揉み処瀬戸内…」

馬から降りた政宗は、小屋の入口の暖簾に手を掛けた。

「政宗様…寄り道をしている場合ではありませんぞ。」
「Ha!案外近道かもしれねェぜ?」

楽しそうな様子でそう言うと、漸く馬から降りた小十郎を尻目に暖簾を潜る。
こういう時は何を言っても聞かない政宗を知る小十郎は、溜め息を吐きながら政宗の後を追って暖簾を潜った。

†††

「Hey!誰か居ねェのか?」

上がり框に腰掛けて呼び掛けると、襖がスッと開く。
だが人が出てくる気配はなく、代わりに大きな声が聞こえてきた。

「…ちょっと待てッ!客だ客ッ!…コラ!離せッて…」

襖の隙間からチラチラと覗く銀髪と、特徴のある声。
政宗はニヤリと口角を上げながら小十郎に言う。

「…ビンゴ。」

怪訝そうに声のする方を見つめる小十郎が目にしたのは、今回の四国訪問の目的である男の姿だった。

「へい、らっしゃ……って、独眼竜と右目の兄さんッ?」
「ククッ…イイ格好してんじゃねェかよ?西海の。」

着流しの裾を派手に捲り上げ、両袖は襷(たすき)で纏め上げて。
一国の主らしからぬ姿に、政宗は吹き出した。

「…仕方ねェだろ?関ヶ原で元就の機巧にカマ掘っちまってよォ…。修理代稼がなきゃなんねェんだよ!」
「Ah…元就さんの動く厳島神社な。ありゃ驚いたわ…戦そっちのけで見ちまったぜ。」

政宗がカラカラと笑い始めると、奥からこれまた聞き慣れた声が聞こえてきた。

「長曾我部ッ!何をしておるか?」
「ッせ!ちったァ我慢しろ!」
「ほぅ…貴様、我に其の様な事が言えた身か?」

襖の間からゆっくりと姿を現したのは元就。
何処から出したのか、脇差を元親の喉元に突き付けた。

「あッ……待てって…今揉んでやるからなッ?なッ?」

身動き一つとれない状態で、元親は答える。
そんな事は気にもせず、政宗は元就に声を掛ける。

「おゥ、元就さん。元気だったか?」
「此奴にやられた首以外はな…」

そう言いながら元親の首筋に脇差の刃を僅かに触れさせた。
ヒヤリとした切っ先の感触に肝を冷やしながら、視線だけ政宗に向け元親は叫ぶ。

「独眼竜ッ!お前少しは止めろよ!」
「Ha!俺には関係ねェ。」
「てめェ…同盟組んでんだろ?」
「じゃあ今破棄だ破棄。」
「このド鬼畜がッ!」
「鬼が鬼畜ッつってらァ世話ねェぜ!」

子供の喧嘩の様に言い争いを始めた二人を見遣り溜め息を吐く小十郎。
元就も脇差を下ろし、やはり呆れ顔で其の様子を見つめた。

「しかし機巧一機の修繕費用くらい用立てられるんじゃ…」

ギャアギャアと騒ぎながら青筋を立てている元親を見遣り、小十郎は呟く。

「…其れくらい容易いだろう、あれでも四国の長だからな。」
「では西海のは、何故この様な事を…」
「…大金を注ぎ込んだ機巧をすぐに壊した故、算盤係に出してもらえなかったらしい。」

今までも家臣に新型の機巧を作るのだと、子供が玩具を欲しがる様に駄々をこねる姿を思い出した。
其れを考えれば当然か。

「しかし…西海のもあれでいて一国の当主。よく手揉み処など始めようと…」
「…我の策ぞ。」
「…元就公の?」
「アレはガサツな様に見えてなかなか上手いのだ。我がちょっと煽てたらすんなりその気になりおったわ。」

…元就だけにではないかと思った小十郎だが、其れは言わずに胸にしまう。
しかしながら顔に出ていたのか小十郎の心中を察した元就は、いまだに言い争っている二人の下へ歩み寄った。

「…長曾我部。」
「…ンだよ?忙しいんだよ、今。」
「独眼竜を揉んでみよ。」
「あ?なんでピンピンしてるヤツ揉まなきゃなんねェんだよ?」
「…いいから揉め。」
「あ゛?」

元親があからさまに不満げに答えると、再び脇差を喉元に突き付けて問い掛けた。

「今すぐ耳を揃えて修理代全額払うか貴様の首を差し出すならやらぬでもよいが、如何するか?」

淡々と語る元就を怯えた小鹿の様な目で見つめながら、元親は答える。

「…やりますッ!やらせて頂きますッ!」
「初めからそう言えば良いものを貴様という奴は…」

溜め息混じりにそう言いながら、脇差を鞘に収めた。

「Hey hey!元就さん、凝ってなんかいねェぜ?」
「いいから寝そべってみよ。長旅の疲れも溜まっておるだろう。」
「Ah…元就さんが言うならやってもらうか。小十郎、持っててくれ。」

具足を脱いで小十郎に渡すと、部屋の中央に敷かれた布団にうつ伏せに寝そべった。
心底嫌そうに政宗を見下ろしている元親に、ニヤリと口角を上げながら言う。

「…Take me to the heaven.」
「南蛮の言葉じゃ、わかんねェッつの!」
「極楽気分にさせろッつったんだよ。」
「…へいへい。」

頭をガシガシと掻きながら、政宗の背に跨る。
腕を背中側に伸ばしながら、グイグイと揉み始めた。


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