誘い誘われ
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「…あン?」
 政宗の部屋の襖を開けた元親は短く呟いた。嗅ぎ慣れた香の匂いではない香りにすんと鼻を鳴らす。今まで嗅いだ事のない甘い香りを纏いながら、元親は後ろ手に襖を閉めて部屋に入る。
 政宗は窓際の長机に凭れて紫煙を燻らせている。指先に煙管を挟み紫煙を吐き出すだけでも様になる。かといって嫌味な感じを全く感じさせないのは、流石奥州の王の貫禄か。
 普段であればそんな政宗の姿に元親の視線は釘付けになる。政宗も其れを知っていて艶やかな視線を元親に投げ掛ける。今宵も切れ長の瞳からは誘う様な熱視線が放たれた。
 …が、どういう訳か今日は視線が絡み合わない。政宗の瞳より遥か下の長机の上に元親の視線は向けられている。
 目敏く長机に置かれた菓子鉢を見付けた事に気が付くと、ククッと笑い言葉を返した。
「…流石に鼻がいいな。」
「おぅおぅ、人を犬みてぇに言うんじゃねぇよ。」
 言葉とは裏腹に何処か楽しそうだ。政宗の隣にどかりと腰を下ろし胡座を掻くと、戯ける様にすんすんと菓子鉢の上で匂いを嗅いだ。
「…なんだこれ?」
 てっきり主菓子(おもがし)だとばかり思っていたが、白磁の菓子鉢の中にあるのは土塊(つちくれ)の様な茶褐色の塊。とても其れから甘い香りがしているとは思えない。
 興味深げに指先で其れを転がしている元親に、政宗は答えてやる。
「猪口冷糖。海の向こうの菓子だ。」
「ちょこれぇと?」
 聞いた事のない言葉に鸚鵡返しに言葉を返した。
「Yeah. 海の向こうの菓子だ。」
「へぇ…」
「ウチに出入りしてる物売りが、珍しいから食ってみろって置いていったんだわ。」
 元親は一つ摘み上げると、再びすんと鼻を鳴らす。初めは馴染めなかった甘ったるい香りにも、幾分慣れてきた。
 機巧と同じく新しい物には目がない元親にとって、初めて目にする猪口冷糖には唆(そそ)られるようだ。まるで珍しい機巧を見付けた時の様に目を輝かせている。
 こんな表情を見せるのも政宗にだけだろう。戦場での雄々しさとは異なる表情は、政宗の心を和ませる。
「食ってみな、旨いぜ?」
 元親は手にした猪口冷糖を見つめた侭唸る。甘い匂いの其れには唆られるが、いざ食べてみるとなると話は別だ。土塊の様な見た目に躊躇しているのか、なかなか口に入れようとはしない。意外と用心深い元親の仕草に、政宗はくすりと笑って声を掛ける。
「…All right. 見てな。」
 そう告げると菓子鉢の中の猪口冷糖を一つ摘み、ぽいと口に放り込む。口一杯に広がる甘い匂いとほろ苦さを愉しむと、こくんと飲み込んだ。
「…ほら。」
 政宗はぱくんと口を開ける。噛んでいた様子はなかった筈なのに、口の中にあの土塊の様な猪口冷糖はない。飴玉の様に溶けてしまったのだろうか…其れにしても早過ぎる。
「すげぇ…」
 元親は子供の様に身を乗り出して政宗を見つめる。其の刹那、政宗のしなやかな指先が元親の顎を捉えた。甘い吐息が当たる程顔を近付け政宗は言う。
「なぁ、食ってみろよ。旨ぇぜ?」
 菓子鉢から猪口冷糖を一つ摘み上げ口に咥えると其の侭元親の唇に口付けた。
「んッ…ふッ……」
 反射的に開いた唇の隙間から猪口冷糖を押し込まれる。猪口冷糖の甘さが広がると同時に熱い舌先が口内を撫でていく。
 甘い情熱的な口付けに元親の体温は急上昇。普段よりも甘く情熱的に感じるのは、甘い猪口冷糖のせいなのか…否、其れだけではない。政宗の口付けがいつもにも増して情熱的なのだ。
「…旨ぇだろ?」
 漸く唇を離した政宗は、猪口冷糖を摘んだ侭の元親の指先を見つめる。体が火照っているのか猪口冷糖は溶け始めていた。
「どれだけ体温上げてんだよ…」
 元親の指先を口内に導き指に舌先を絡める。溶けた猪口冷糖をすっかり舐め取った後も、熱い舌は元親の指を舐める。
 両手で元親の手を掴み、目を細め愛しむ様に指先を舐める。口内から指を出したかと思うと、紅い舌先をチロリと覗かせ根本から先端まで舐め上げる。其の表情はまさに情事の時に見せる表情そのもの。
「…ッ……はッ…」
 艶かしい政宗の仕草に煽られた元親は、堪らず短い吐息を洩らす。膝に置かれた手は、指先が白くなる程にきつく着流しを握り締めている。其れは押し寄せる甘美な感覚を必死に堪えているかのようだ。
 元親の変化に気付いた政宗は、漸く口内から指を解放する。上気して桜色に染まる元親の頬に口付けると、独り言の様に呟いた。
「へぇ……効果あるんだな。」
「あン?効果って何よ?」
 言葉の真意が解らないといった様子の元親に、政宗は言葉を続けた。
「媚薬効果があるんだとよ、猪口冷糖ってヤツにはな。」
「…媚薬だぁ?」
 驚きの声をあげた元親の体をそっと畳の上に押し倒した。長めの前髪から覗く瞳には、艶やかな表情を浮かべた元親だけを映す。
 鼻先を掠める嗅ぎ慣れた香の香りと甘い猪口冷糖の香りに、元親の鼓動は早鐘の様に高鳴っていく。刻む鼓動がとくんとくんとやたら耳につく。
「…アンタにゃ効果覿面だな。」
 元親の胸に耳を当てニィと口角を上げて政宗が言うと、元親もすかさず言葉を返す。
「はッ!其の言葉、そっくり其の侭返すぜ。」
 元親は政宗の前髪を掻き上げる。露わになった左の瞳には情欲の焔が宿る。
「…アンタが欲しくて堪らねぇ。」
 甘い低音域で紡がれた言葉は、元親の情欲の焔を燃え上がらせる。政宗の体をひょいと持ち上げ、己の腹の上に乗せた。
 細身の体に腕を回してぐいと腰を引き寄せた。熱く昂ぶった元親の中心が政宗の腹を押す。思惑通りの展開に、政宗は堪えていた笑いが止まらない。
「ククッ……」
「あン?なんでぇ?」
 突然笑い出した政宗を怪訝そうな面持ちで見遣る。元親の耳元に唇を寄せると、短く言葉を返した。
「…嘘。」
「…はぁ?散々煽っといてそりゃねぇぜ?」
 素っ頓狂な声をあげた元親は、ふるふると肩を震わせ笑いを堪えている政宗に更に問い掛けた。
「…何処までが嘘なんだよ?」
「さぁな……何処までだろうな。」
 意味深な言葉を紡ぐ政宗は、元親の反応を楽しんでいる様だ。またやられた…そう思いながらも、他愛ない悪戯を仕掛けてきた政宗が堪らなく可愛い。
 元親は喉奥で笑う政宗の唇に口付け、一段と甘い声で告げてやる。
「馬鹿野郎…ンなモン使わなくても、アンタ見てりゃ欲情するっつーの。」
 そう告げて微笑んだ元親の表情が凶悪な程に妖艶で。政宗の心の臓はどくんと大きく脈打った。
 誘ったつもりが誘われて。目の前の妖艶な鬼にのめり込んでいる己に呆れた様にフッと笑う。
「…甘ったるい菓子より、早くアンタ喰わせな。」
 元親は政宗の唇に猪口冷糖より甘い口付けを落とした…。


―完―
 


 

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