さんたくろうす
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師走も残すところあと一週間。
風の吹く侭気の向く侭に各地を回っていた元親は、此処奥州に居た。
年末の大掃除も一段落し、邸内は数日前までの慌ただしさもない。
元親は手土産に持ってきた酒を飲みながら、小十郎と政宗と共に鍋を囲む。

「…そろそろいける…痛ッ!」

元親が長葱を箸で摘んだ瞬間、菜箸でペチリと手の甲を叩かれた。

「…まだ早ェ。」

鍋奉行は小十郎。
戦場で政宗の背を護っている時の様な形相で鍋を護っている。

「なぁ…俺、腹減った。」
「長葱は煮込んだ方が甘味が出て旨ェんだよ。」

空腹感で限界の元親の願いも虚しく、鍋奉行はピシャリと言い切る。
手塩にかけた野菜を美味しく食べてやりたいという小十郎の思いは、元親には伝わらなかったようだ。

「独眼竜ッ!なんとか言えよ!」
「…諦めな、西海の。小十郎の野菜バカは半端ねェからな。」
「…仰る通りで。」

政宗の言葉を全く否定もせず、小十郎は顔色一つ変えずに答える。
こうなったら鍋奉行の小十郎に委ねるしかない。
ただ鍋を見つめているだけでは、余計に腹の虫が騒ぎ出す。
気を紛らわそうと、元親は先程まで小十郎がしていた話の続きをねだる。

「なぁ、さっきの話の続きは?」
「そうだ、途中だったよな。」

政宗も気になっていたのか、元親と同じく声をあげた。

「…何処まで話しましたかな?」
「ガキ共が爺さんにお願いの呪い(まじない)するってトコ。」

小十郎は政宗がまだ幼かった頃を思い出していた。
布団に入った梵天丸に昔話をしてやると、続きが気になってもっともっとと続きをねだられたものだ。
幾つになっても同じだなぁ…などと思いながら、南蛮の書物で読んだ御伽噺の続きを語り始めた。

「足袋に欲しい物を認(したた)めた紙を入れ、子ども達は眠りに就きます。すると…」

一旦言葉を切った小十郎を、キラキラした目で見つめる二人。
今は共に国主である二人が、子供の様に目を輝かせて御伽噺に聴き入る様が、可愛くて仕方ない。
思わず頬が緩みそうになるのを必死に堪える。
小十郎は主を立て、一切気取られない様に言葉を続ける。

「…『さんたくろうす』という真っ白な顎髭を生やした赤い服を着た爺さんが『となかい』という鹿の様な動物の引くソリに乗り、子ども達が欲しがってる物を配って回る…と言われています。」
「へぇ…」

政宗は猪口の酒をクイと飲み干して、短く呟いた。
一方元親はというと、豪快に笑いながら政宗に言った。

「はっは、島津のオッサンが鹿に乗ってる姿が浮かんだわ。」
「今度島津のオッサンに会ったら欲しいモノねだってみようぜ。」
「お?いいな、それ。」

確かに書物に描かれていた『さんたくろうす』の絵は、島津に似ていない事もない。

「なぁ、今度赤いちゃんちゃんこ着せてみようぜ!」
「Marvelous! 小十郎、赤いちゃんちゃんこあったよな?」

遠い異国の御伽噺に出てくる『さんたくろうす』に似ているという理由で、還暦祝の赤いちゃんちゃんこを着せられる島津を思うと、小十郎は少しだけ心が痛んだ。

「…政宗様、御伽噺ですからな。」
「Ha! わかってるって。紙に書いて欲しいモンが手に入りゃ、世話ねェわ。」
「そりゃそうだ。」

ゲラゲラと笑いながら二人は言った。
まだ若いとはいえ、政宗も元親も一国の国主だ。
御伽噺を鵜呑みにする訳もない。
小十郎は政宗の成長を感じながらも少し寂しい様な複雑な想いを抱きながら政宗の空いた猪口に酒を注ぐ。

「なぁ、なんか他にねェのか?」
「右目の兄さん何でも知ってるからなぁ…」
「そうですねェ…」

小十郎は昔を懐かしみながら、御伽噺を思い浮かべた…。


†††

鱈腹酒を飲んだ政宗と元親は、揃って眠りに就いた。
この程度では酔い潰れない小十郎は、部屋で書物を読んでいた。
夜半から冷え込みが厳しくなり、日付が変わる頃には寒さには強い小十郎もぶるりと体を震わせた。
奥州の寒さには慣れている政宗はまだしも、南国育ちの元親には今宵の寒さは厳しい筈。
そう思った小十郎は立ち上がると、部屋を後にした。
廚で湯を沸かし、湯湯婆(ゆたんぽ)に湯を注ぐ。
綿入れの袋に入れた湯湯婆を二つ手にすると、政宗の寝室へと向かった。

政宗の寝室の襖を開けると、予想通りとはいえ散々な光景が広がっていた。
湯呑みは辛うじて長机に並べて置かれているものの、廚から持ち出した酒瓶はすっかり空になって床に転がっている。
着ていた羽織は脱ぎ散らかされ、当の政宗達は二組並べた布団に折り重なる様に眠っている。

「…まったく。」

小十郎は溜め息と共に呟くと、政宗と元親を軽々と抱えて布団に寝かせた。
持ってきた湯湯婆を布団に入れてやると、二人とも抱きかかえて寝息を立て始めた。
呆れながら部屋を片付けていると、足袋が脱ぎ散らかされているのに気付いた。
起きたら小言でも言ってやろうと小十郎は落ちている足袋を手にしたが、何故か左足の足袋が二つあるだけだ。

「……?」

揃って右足だけ足袋を履いた侭寝る訳もないとは思ったが、一応政宗と元親の布団を捲って確認する。
が、やはり二人とも素足だ。
酔っ払って中庭にでも脱ぎ捨てたのだろうか…。
訝しげな面持ちで、小十郎は中庭と部屋を仕切る障子を開けた。
すると、軒下に足袋が吊されているのを見つけた。
まさかとは思ったが、足袋の中を覗いてみる。
中には小さな紙片が入れられていた。
そっと開いてみると、豪快な筆跡から元親のものと判る。
『富獄よりデカい要塞』と書かれた其れを見て、小十郎は思わず笑ってしまう。
形(なり)は小十郎と変わらない元親が書いた願いが、なんだか可愛らしく見えた。
政宗は何と書いたのだろうか…。
元親の足袋に紙片をしまうと、もう一つの足袋から紙片を取り出した。
ゆっくりと開くと、綺麗な見慣れた字で、こう記されていた。

『俺の欲しいモンはただ一つ。アンタに持ってこれるか?』
御伽噺の『さんたくろうす』にまで啖呵を切った政宗がいかにも政宗らしくて、小十郎は思わず吹き出した。

「…政宗様らしいな。」

そう呟き紙片をそっと足袋に戻す。
そしてそっと障子を閉めて部屋に戻る。
小十郎はスースーと寝息を立てて眠る政宗の寝顔を見遣る。
普段は凛とした表情も、眠っている時にはあどけなさが覗く。
政宗の成長を嬉しく思いながらも、幼い頃の政宗の姿が懐かしくなる。
年寄りみてェだな…と、小十郎は独りごちた。
やれやれといった様子で、自室へ戻ろうと立ち上がる。
空になった湯呑みを片付けようとした時、長机の下に丸められた紙が転がっているのに気付く。
なんとなく気になって開いてみると、紙全体に大きく×印が書かれていた。
その下の文字は墨で塗られていたが、よく見ると『ずんだ餅』と書かれているようだ。

「…これだけは変わらねェな。」

懐に紙片をしまいながら、政宗の寝室を後にする。
孫兵衛あたりに『さんたくろうす』の格好をさせるか…などと考えながら歩く小十郎の表情は、どことなく楽しそうだった。


―完?―
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