金平糖よりも甘い時を
1/1ページ目

気付けば神無月も今日を残すのみとなり、夜半になると夜着一枚では肌寒さを感じる程だ。
つい半月程前までは、夜になっても熱気が抜けずになかなか寝付けない日もちらほらみられたのに。
移りゆく季節は早いものである。
縁側で杯を傾けていた元親も、ぶるりと体を震わせた。

「…一段と冷え込みやがんなァ。」

誰に聞かせる訳でもなく呟くと、立ち上がって縁側と反対側へと歩みを進めた。縁側とは丁度反対側になる襖の前には、羽織が綺麗に畳まれている。
酒を持ってきた者が気を利かせ、縁側で杯を傾ける事が多い元親の為に用意しておいたのだ。

羽織に袖を通し、再び縁側に戻る。
夜風がひゅうと吹いたが、羽織のおかげで全く寒くない。
風の神に向かってどうだと言わんばかりのしたり顔で、どかりと腰を下ろす。
懐から煙管を出して咥えて火を点けた。
雲一つない空に向かってふうと紫煙を吐き出すと、ゆらりゆらりと形を変えながら天に上っていく。
それがなんとなく天翔る竜の様に見えてしまった己になんだかおかしくなる。
くつくつと喉奥で笑うと、一言『らしくねェ』と呟き杯の酒を煽った。

「チッ…」

元親は飲み足りないのか、空になった徳利を逆さにして短く舌打ちをする。
わざわざ持って来させるのも面倒だ。
畳に体を投げ出すと、其の侭寝てしまおうかと思った。
と、其の時。

「アニキ、失礼しやす……あ、寝てました?」
「いや、横になってただけだ。」

元親が畳に寝転んだ侭答えると、夜回り番の兵は言い辛そうに問うた。

「…客人が来てるんですが、どうしてもアニキに会いてェッて聞かねェんすよ。」

壁の機巧時計を見遣ると亥の刻を少し回った所だ。
客人が来るには些か遅すぎる。

「あン?こんな時間に誰だ?」
「それが独……ひゃあッ!」

夜回り番の兵が突然、素っ頓狂な声を上げた。
間髪入れずに聞き慣れた南蛮語が耳に飛び込んでくる。

「…Long time no see, 西海の。」

兵の肩に腕を回した侭、ニヤリとしながら政宗は告げた。

「おゥ、独眼竜か。どうしたよ?四国くんだりまで。」
「あぁ、西の方に野暮用があってな。」
「まぁ、入れよ。急ぐ旅でもねェんだろ?」
「まぁな。」

部屋に入ると寝転んだ侭の元親を見遣り、茶化す様に問い掛けた。

「もう寝てたのかよ?」

呆れた口調で政宗が言うと、元親は腕を伸ばしながら答える。

「酒切らしちまって、ふて寝しようとしてただけよ。」
「遂に老いぼれちまったのかと思ったぜ。」

豪快に笑いながら元親は答えた。

「はっは、こちとら鬼の通り名を持つ身よ。老いぼれてたまるか。」

むくりと起き上がり胡座を掻く。
そして夜回り番の兵に告げた。

「取って置きの酒持ってこい。」
「へい、今すぐ。」

いそいそと夜回り番の兵が廚に向かうと、政宗も元親の隣にどかりと胡座を掻いた。

「…しかしアンタ薄着だなァ。」

冷たい夜風が吹いているというのに、政宗の格好ときたら着流し一枚だ。

「奥州の寒さに比べりゃ、こんなもん寒さのうちに入らねェぜ?」
「そうか?俺はさっきから寒くて堪らねェ。」
「戦場じゃ半裸じゃねェかよ?」
「ありゃあ気が昂ぶってっからな。」

そう言ってからからと笑うと、じっと政宗を見据えながら問い掛ける。

「こんな時間にどうしたってんだァ?」

突然夜更けに現れたとなれば、それ相応の理由があるだろう。
それに口煩い小十郎が居ない事も気になった。

「…それに右目の兄さんはどうしたよ?」
「撒いてきた。」
「あン?」

政宗の大胆な言葉に短く声をあげる。
常日頃政宗からその右腕である小十郎の口煩さを耳にしていれば、当然の反応だ。
溜め息混じりに政宗は言葉を続けた。

「…夜中に逢い引きに行くなんつったら、小言じゃ済まねえ。」

元親は一国の主である政宗が、家臣の小言を気にしている様子がおかしくて仕方ない。
だが、同時に嬉しかった。

「はっは、アンタ馬鹿だろ?」
「そう言われてニヤニヤしてるアンタもな。」

したり顔で告げられた政宗の言葉に、成る程といった面持ちで答える。

「…確かにな。」

次の瞬間、二人は顔を見合わせて笑った。
夜更けの静まり返った邸内に、豪快な笑い声が響き渡る。
邸内に居る者達もいつもの事であるから気にもしないし、元親も全く気にしていない。
政宗もまた、自分の屋敷に居るかの様に寛いでいる。
其れだけ心を許しているのだろう。

暫くすると部屋の襖がスッと開かれた。
先程の夜回り番が、酒と幾つか皿を乗せた盆を静かに置く。

「アニキ、熱燗でよかったッスか?」
「おゥ、気が利いてるじゃねェか。」
「あと、つまみ足りなかったら呼んで下せい。」
「悪ィな。」

夜回り番は静かに部屋を出る。
元親は猪口を政宗に渡すと、なみなみと酒を注いだ。
手酌で酒を注ごうとする元親の手から酒瓶を奪うと、手にした猪口に酒を注ぐ。

「ツレねェな、手酌はいけねェぜ。」
「独眼竜、そういう所はマメだよな。」
「Ha!ガキの頃から宴席の小十郎見てりゃそうなるわ。」
「右目の兄さんねェ…」

戦場で鬼神の如く豪快に刀を振るう姿しか見た事がない元親にとって、政宗が言うマメな小十郎の姿が想像出来ない。
甲斐甲斐しく酒を注いで回る小十郎を思い浮かべた元親は、思わずぷっと吹き出した。

「…逆に怖ェぜ。」
「たまに俺もそう思うわ。」

クイと猪口の酒を飲み干すと、政宗は苦笑いしながら言う。

「割烹着着て包丁持った侭鬼の形相で追っかけてきた時は、洒落にならなかったぜ?」

想像力豊かな元親の脳裏には、瞬時にその絵面が浮かんだ。

「…そりゃ怖ェわ。」
「まだ黒龍振り回された方が気楽だぜ。」

割烹着姿に黒龍。
其れは其れでかなり恐ろしいとは思ったが、確かに包丁の方が現実離れしている分恐ろしい。
一応家臣である小十郎をそこまで怒らせた理由が気になった元親は、鯨の佃煮を頬張っている政宗に問い掛けた。

「…何しでかしたんだよ。」
「一週間位執務サボってたら、書簡溜め込んじまってよ。書簡の山ン中から急いで返事出さなきゃなんねェヤツが見つかってカンカンよ。」

そう言ってカラカラと笑うと、猪口の酒に口を付けた。
元親は何かを思い出した様に、政宗に問い掛けた。

「…それでだ。そんなおっかねェ右目の兄さん撒いてまで来るってェのは、何か理由があるんだろ?」

空になった猪口を床に置くと、元親の問い掛けに答えた。

「Yeah…流石鋭いな。」
「理由もなく来るアンタじゃねェだろ?」

元親の言葉に、政宗はニヤリと口角を上げ言葉を返す。

「其れってよ、逢えなくて寂しいって言ってる様なモンだぜ?」

不遜な表情で告げた政宗に、元親ははんと鼻で笑って言葉を返す。

「自意識過剰も其処までくると清々しいわ。」
「生憎と勘だけはいいんでな。」
「あー、そうかい。」

元親は政宗の猪口に酒を注ぎながら、自嘲気味に笑う。
惚れただの愛しいだの甘い言葉は一切口にしない。
言葉にしなくても惹かれ合っている事は分かり切っているし、互いに一国の主である以上軽々しく言うべきではないと思っている。
だから政宗は何かと理由をつけて元親の下へやって来るのだった。

政宗は猪口に注がれた酒に口を付けると、元親の肩を抱く。
そして甘い低音で異国の言葉を紡いだ。

「…Trick or treat.」
「…あン?」
「ククッ…やっぱ知らねェか。」

元親の肩に顎を乗せ、クツクツと笑う。

「なんでェ?鳥なんたらっての。」
「『菓子くれねェと悪戯するぜ?』って意味よ。」
「…なんだそりゃァ?」

言葉の意味はわかったが、いまいち菓子と悪戯が繋がらない。
鳩が豆鉄砲を喰らった様な表情の元親を見て、政宗は言葉を続けた。

「今宵は『Halloween』って西洋の祭でよ、ガキが『Trick or treat』って村中回るんだ。その時に菓子が貰えなかったガキは、代わりに悪戯してくんだとよ。」
「へェ…面白ェな。」
「此の辺りの収穫祭みてェなモンだな。南瓜でアンタん所の暁丸みたいな置物作ったりとか、ちぃとばかり派手だがよ。」

政宗の説明が終わると、元親は政宗の耳元に唇を寄せて問い掛けた。

「…で、『鳥喰うなんたら』」
「Trick or treat.」
「あー…『とりっくおあとりーと』なんだろ?」
「…Yeah.」

政宗はニヤリとして答えたが、元親は政宗の可愛い企みをすっかり見抜いていた。
普段殆ど菓子を食べない元親に菓子をくれと言っても、すぐに菓子が出てこない事は容易に予想がつく。
そして菓子の代わりに悪戯をしようという算段なのだろう。
だが…

「…ちょいと待ってな。」
「Ah-hun?」

元親は立ち上がると、窓際の長机の引き出しから綺麗な和紙で包まれた包みを手にした。
政宗の正面に再び胡座を掻くと、其れを手渡す。

「…開けてみな。」

政宗はそっと包みを開いた。
中には色とりどりの金平糖。
仄かに甘い香りが政宗の鼻を擽った。
予想外の展開に、政宗はポカンとする。

「どうした?菓子が欲しかったんだろ?」

少し悔しそうな表情の政宗に、口角を上げながら告げる。
元親は政宗の掌の上の金平糖をヒョイと摘み上げると、小さな其れを口に咥えた。
次の瞬間政宗の顎を掴んで引き寄せると、舌先で金平糖を押し込んだ。
と、同時に政宗の舌先を掠め取り、ちゅうと一気に吸い上げる。
一瞬動揺した政宗だったが、流石に此の侭主導権を握られてしまう程柔(やわ)じゃない。
元親の舌の動きを封じる様に、激しく舌先を絡めた。
互いに主導権を握ろうと、角度を変えて何度も繰り返される口付け。
どう見ても獣が喰らい合っている様で微塵も色気はないが、二人にとっては色気などどうでも良い。
正に喰うか喰われるかの竜と鬼との喰らい合いだ。
今宵の勝者は元親。
政宗を畳の上に押し倒すと、妖艶な笑みを浮かべながらペロリと唇を舐め上げた。

「…可愛い強請り方してくれるじゃねェかよ。」

組み伏せられた政宗も負けてはいない。

「Ha! 大番狂わせだったがな。」
「言ってくれるねェ…」

政宗の白い首筋にかぷりと牙を立てると、艶気を帯びた声で告げた。

「独眼竜よォ…金平糖なんかより甘い時間過ごそうぜ?」

焔の様な眼差しには政宗のみはっきりと映している。
身を焦がされる様な感覚に陥りながら、政宗は答える。

「…後悔すんなよ、honey.」
「はッ!そっちこそ火傷すんなよ。」

そう告げるや否や、元親は政宗に噛み付く様に口付けた。
神無月最後の夜は、熱く更けていった…。


―完―
[指定ページを開く]

章一覧へ

<<重要なお知らせ>>

@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
@peps!・Chip!!は、2024年5月末をもってサービスを終了させていただきます。
詳しくは
@peps!サービス終了のお知らせ
Chip!!サービス終了のお知らせ
をご確認ください。



[ホムペ作成][新着記事]
[編集]

無料ホームページ作成は@peps!
無料ホムペ素材も超充実ァ