眠れる森の鬼
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此処は上田城近くの森の中。
一人のオカン…いや、忍がしゃがみ込んで何かを見つめていた。

「…はぁぁぁ。困るんだよねェ…こんな所で寝られてもさァ。」

佐助がツンツンと木の枝でつついているのは西海の鬼。
豪快に大の字に寝転び道を塞いで眠っている。
全く起きる素振りを見せない元親の、隠しもせず堂々と晒された乳首を枝でグリグリとつつき出す。

「…んごごごッ…」

野獣の様な鼾は全く前と変わらない。
痺れを切らせた佐助は、直接両方の乳首を摘んで思いっきり引っ張ってみた。
…が、まるで起きる気配はなし。

「…アニキどんだけ眠いのよ?」

全く反応のない元親に呆れながらも、オカンとしては放っておけない佐助。
此処は城へ物資を運んでくる商人達が、荷車や馬で通る道。
この侭放っておいたら元親が轢かれてしまう…と思った訳ではなく、夕餉の食材が届かなくなってしまう事を危惧していた。

「そろそろ配達の荷車が来るんだよねェ…仕込み始めないと間に合わないんだけどなァ。あ…旦那のおやつの団子も買ってこなきゃだし。」

ふぅ…と深く息を吸うと、佐助は元親の背中にグッと手を差し入れる。

「よっこらしょッ…」

オカンの証である掛け声と共に、気合い一発元親を抱き上げようとした。
だが、根っ子でも生えている様にビクともしない。
忍隊の長である佐助の力は相当なものだが、それをもってしても一尺も上がらないとはどういう事か。

「…はいッ!せいやッ!だりゃッ!」

掛け声を変えてみても、結果は同じ。
汗だくになりながら佐助は呟いた。

「…碇槍仕込んでんの?」

ポンポンと元親の体を触ってみるが、六尺以上ある碇槍を仕込める訳もなく。
深い溜め息と共に、佐助は地面に座り込んだ。
と、その時。

「佐助ェェェェッ!」
「あ、ヤバい。」

城の方から物凄い勢いで幸村が走ってきた。
団子を買いに行った筈の佐助がいつまでたっても帰ってこないので、探しに来たらしい。

「団子はまだでござるかッ?」
「旦那ごめんね、ちょっと非常事態。とりあえず降りて降りて。」

幸村はチョイチョイと指差した足元を見遣ると、其処には元親が寝転んでいた。
あまりに自然に寝転んでいた為、全く気が付かなくて踏み付けていたのだ。

「あぁッ!長曾我部殿ッ!申し訳ございませぬッ!」

慌てて元親から飛び降りるが、全く起きる気配はない。

「…長曾我部殿?」

幸村もしゃがみ込むと、じっと元親を覗き込む。
ゆさゆさと体を揺さぶってみたが、やはり反応はない。
動揺した幸村は、佐助をじっと見つめながら叫んだ。

「ちょッ…ちょッ…長曾我部殿がァァァァァ…」
「旦那、アニキ死んでないから。」
「…動かないでござるァァァァァッ!」
「見てて、ほら。」

そう言って佐助は元親の鼻を摘む。
すると苦しそうに眉間に皺が寄り、鼾が激しくなった。

「んがッ……んがががッ…」
「…ほらね。」
「おぉッ!」

とりあえず生きている事が確認出来た幸村は、ホッと胸をなで下ろした。

「しかし何故こんな所で…」
「さぁねェ…疲れたんじゃないの?」

佐助には理由はどうでもよかった。
今日の夕餉の材料の到着が遅れないように、とにかく道から退かしたかった。
再び元親の背中と地面の間に腕を差し入れると、傍らにいた幸村に声を掛けた。

「旦那ー、ちょっとだけ手伝ってくれる?」
「…佐助一人で無理だと申すか?」

手を抜いているのではないかと言いたげな表情で幸村は佐助に問うた。
佐助は差し入れた腕を抜いて、幸村に言い返す。

「まぁ、やってみなって。」

幸村は元親の背中の下に腕を差し入れながら言う。

「いくら長曾我部殿が大柄だと言っても、持ち上がらぬ訳は……」

力を入れて立ち上がろうとするが、やはりビクともしない。

「…!?」
「ね?俺様サボってないでしょ?」

幸村は意地になって持ち上げようとした。

「だぁりゃぁぁぁぁッ!」

全くビクともしない。
幸村は更に力を籠めて叫ぶ。

「ぬぉぉぉぉッ!親方さぶァァァッ!」

伝家の宝刀親方さぶァッ!をもってしても、ピクリとも動かない。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

肩で息をする幸村を全く気にもせず、佐助はポツリと呟いた。

「どうしようかなァ…もう魚屋来る頃なんだよねェ…」

佐助が溜め息混じりに呟いた時、背後から聞き慣れた声がした。

「…揃いも揃ってなんでそんな所に座り込んでるんだ?」
「あ、右目の旦那。」

声の方を振り返りながら言うと、小十郎は馬から降りて佐助の隣にしゃがみ込んだ。

「西海の…何やってんだ?」

小十郎が呆れた表情で問い掛けると、
はぁ…と溜め息を吐いて答えた。

「さっきから全然起きなくてねェ。そろそろ夕餉の材料届くんだけどなァ……あ、そうだ。」

懐から何やら紙を取り出し、小十郎に手渡す。

「はい、旦那がこないだ気に入ったって言ってくれた野沢菜おやきの作り方。」

小十郎は手渡された紙に目を通す。

「いつもすまねェな。」
「いいのいいの、俺様も教えてもらってるから。」

どうやら二人はオカン友達らしい。
小十郎は馬の背に積んだ皮袋からなにやら包みを取り出すと、佐助に手渡した。

「さっき買ったヤツだから土産ってワケじゃねェけど。硬くなる前に食いな。」

小十郎が佐助に手渡したのは、道中買った笹団子。
ちょうど幸村のおやつをどうしようか考えていた佐助は、包みをじっと見つめていた幸村に手渡しながら言う。

「旦那、先に帰ってこれ食べてて。」
「承知致したァァッ!」

笹団子を手に入れた幸村は、風の様に城へと戻っていった。
幸村の姿が見えなくなると、話の本題に戻った。

「…で、西海のをどうするかだな。」
「ビクともしないんだよねェ…」
「寝てる時は力が抜け切ってるから、重くなるとは言うが…」

いまだ起きる気配のない元親を抱き上げようとするが、小十郎の力でも全く動かない。

「…なんだコレ?」
「アニキじゃなくて、機巧かなんかなのかねェ?」
「機巧だったらバラしちまえば早ェな。」

小十郎はそう言うと、腰に差した黒龍に手を掛けた。

「右目の旦那ッ!駄目ェッ!違ったらアニキ死んじゃうからッ!」

慌てて佐助が小十郎と元親の間に割って入る。
黒龍の刃先は元親の胴体の寸前で止まる。
日頃冷静な小十郎だが、意外と短気な面を見せつけられた佐助は肝を冷やす。

「右目の旦那ァ…俺様が言ったの、喩えだからね。」
「…てっきり西海ン所の新しい機巧かと思ったじゃねェか。」
「はは…御免ね、紛らわしい事言っちゃって…」

そうでも言わなければ佐助が切り刻まれそうな雰囲気に、とりあえず謝っておく。
それでよく短気な独眼竜を抑えてるよなァ…と、心の中で呟いた。
決して口には出さないが。
頼みの綱の小十郎でもビクともしない。
時間ばかりが過ぎていく。
そろそろ夕餉の支度を始めたい佐助が深く溜め息を吐いた時、更に面倒な事にしてくれそうな者の声が背後から聞こえてきた。


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