ブルー バレット
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「…わざわざコレ見せに来たワケ?」
「Yeah. どうよ?」

まだ薄暗ェ朝っぱら。
アホみてェに鳴らされたチャイムで目覚めた俺。
眉間に皺刻みながらブン殴ってやろうとドアを開けると、そこには嬉しそうに佇む政宗が。
訳もわからず着替えもそこそこに外に出てみると、アパートの真ん前にエラそうに停められた一台のスポーツカー。
上り始めた太陽に照らされたそれは、コイツらしいミッドナイトブルーが目に痛ェ。

「…アホみてェに青いな。」
「俺らしいだろ?」

ドヤ顔で答える政宗。
アホみてェってトコは否定しねェのかよ。

「…バイクは?」
「…飽きた。」
「…あン?」
「雨の日乗れねーじゃん。」

はっは、そうですか。
飽きましたか。
去年衝動買いしたアホみてェにデケェバイクを目にすることはないだろう。

「…また片倉さんにおねだりかよ?」
「No no! ちゃんと分割払いだぜ。」
「片倉さんにだろ?」
「Ah…まぁな。」
「お前なァ…そりゃ分割払いって言わねェよ。」

親代わりの従兄弟がコイツにゃクソ甘ェから、欲しいモンはすぐに買ってやっちまう。
だからなんでも飽きたらポイ。
ったく、ロクな大人にならねェぞ。
…っていうか、従兄弟って仕事何やってんだか。
それを聞こうとした瞬間、政宗が口を開いた。

「乗れよ。」
「あン?」
「いいから乗れ。」

ドアを開け車内を指差して言いやがるが、いつもコッチの都合なんてガン無視だ。
俺様なコイツが俺の都合なんて聞くワケもねェのは百も承知。
諦めてやたらと低いシートに身を投げ出した。
バタンと閉められたドアの音が、安い車じゃねェ事を主張してやがる。
片倉さん、どんだけコイツに甘ェんだよ。
溜め息を一発吐いてやると、政宗は咥え煙草でタイトなシートに身を滑り込ませた。
ジャラリとチェーンに繋がれたキーを突っ込みカチリとキーを捻る。
早朝の静けさの中、轟く重低音。
…てめェ、少しは気ィ遣いやがれ。
バイクの時も散々隣のサイコな兄チャンにイヤミ言われたんだからよ。
だが、そんな事は全く気にせずアクセルを踏み込みながらドヤ顔で言う。

「やっぱイイ音するよなァ。」
「てめェ…何時だと思ってんだァ?」

眉間に皺を刻みながら問い掛けたが、すっかりエンジン音に酔いしれてるアホときたら、腕時計を見ながら答えやがった。

「Ah……AM4:48?」

馬鹿に付ける薬はねェと言うが、コイツに付ける薬もなさそうだ。
これ以上ツッコミ入れてると、サイコな兄チャンにやられかねねェ。
とっととこの場を離れるに限る。

「オラ、何処へでも行きやがれ!」
「どうした?積極的じゃねェかよ。」
「もう何でもいいから車出せや!」
「All right.」

やっとの事でアホみてェに青い死ぬ程煩ェ車は、アパートの前から走り出した。

†††

昼間はド渋滞かます幹線道路も、まだ早朝だから車はほとんどいねェ。
ビルの間から照りつける上り始めた太陽がやたらと眩しい。
眉間に皺を寄せながらドアの縁に肘を掛けてると、口ずさんでいた20年位前のハードロックのフレーズを途中で切って、煙草に火を点けると俺に言う。

「…そこ開けてみな。」
「そこってドコだよ?」
「目の前にあんだろ?」

丁度その時信号が赤に変わる。
咥え煙草で俺の方に体を伸ばし、グローブボックスを開ける。
フワリと鼻を擽る嗅ぎ慣れない匂い。
嗅ぎ慣れた洋モクの匂いとコイツのコロンの香りに加わった新車特有の匂い。
たった一つ加わるだけで、違和感を感じちまう。
そんな事を考えている間、政宗はグローブボックスを漁っている。
ゴチャゴチャ突っ込まれた中からグラサンを取り出すと、ポンと俺に手渡しながら言う。

「眩しいんだろ?」
「…平気だっつの。」
「そんだけ眉間に皺寄せといて、よく言うぜ。」

カラカラと笑いながら、ハードロックのリズムに合わせてトンと灰を落とす。
と、同時に信号が青に変わり、車は再び走り出した。
…ッたく、似合わねェ事しやがって…とは思ったが。
わざわざ出してもらっちまったから、とりあえずグラサンを掛ける。
俺も政宗も片目をやられてるから、強い光は苦手だ。

「なァ…」
「An?」
「お前平気なの?」

開け放った窓に肘を乗せ、風に靡く前髪が鬱陶しいのか前髪を抑えながら問い返した。

「…何が?」
「眩しくねェ?」
「まだ平気。」

交差点を左に曲がると、政宗は言葉を続けた。

「俺が眩しくなったら返せよな。」
「…ンだよ、それ。」
「グラサン持ってこねェのが悪ィ。」

ムチャクチャな事をガキみてェなツラで言いやがる。
夜明け前に拉致される様に連れ出された俺に、遠足みてェに支度しろってか。
朝っぱらから叩き起こされた事も重なって、コイツの俺様っぷりに呆れ半分、苛立ち半分。

「…俺、二限必修。」

不機嫌そうに言ってやるが、全く気にしちゃいねェ。
気にしてねェどころか、まるで俺の予定を無視した事を言いやがる。

「サボっちまえよ。」
「あァ?」
「俺、今日授業ねェし。」

そんな事を煙草を消しながらサラリと言いやがる。
なんだその自己中ッぷり。
さっきから俺の予定まるで無視たァいい根性してるじゃねェか。
更に不機嫌さを前面に押し出して、自己中魔王に言い返す。

「出席やべェんだよ。」
「次から休まなきゃいいだろ?」

お前、俺の言ってる意味全ッ然わかってねェだろ?
文句を言ってやろうとした瞬間、またもや先を越されちまう。

「…いいから付き合えよ。」
「ッ…」

無駄に甘い声で言われた俺は、何故か言葉に詰まっちまう。

「チッ…今日だけだからな。」

言い返す言葉が浮かばねェから、俺は二限目を諦めた。
あとで慶次にノート借りりゃいいか。
…ついでに午後の代返も頼んどくか。
きっと夕方まで拘束されるに違いねェ。
知り尽くしたコイツの行動パターンから考えりゃ、当然の流れだ。
俺は窓の外に視線を移し、軽く溜め息を吐く。
そんな俺とは対照的に、政宗はオーディオから流れてくるハードロックのフレーズを口ずさむ。
別に耳障りじゃねェ、寧ろ元歌より上手ェんじゃないかと思えるソレは心地良い筈なんだが…俺は無意識に眉間に皺を刻んでた。

どうも今日の俺は何かがおかしい。
何がおかしいのかはわからねェ。
何だかわからねェ事が気持ち悪ィ。
だからいつもは気にならねェ事にまで苛立ってんのか。
政宗の口ずさむフレーズを聞きながら、苛立ちの原因を探ってみる。
朝っぱらから叩き起こされたから?
いや、そんな事はコイツに限らず日常茶飯事だ。
政宗の俺様っぷりか?
…それもとっくに慣れちまってる。
じゃあ、何だっつんだ…

「危ねッ!」

グルグル考え込んでると、頭ン中に突然飛び込んできた政宗の声と物凄い勢いで前につんのめる感覚で我に返る。
迫りくるフロントガラス。
やべェ…新車だっつのに、割っちまうじゃねェか。
てめェの体よりもコイツの新車気にしちまってるのもおかしな話だが、まず頭に浮かんだのはソコ。
衝撃に備えキュッと目を瞑ると、グッと胸元に感じた政宗の腕の感触…。
その刹那、俺の鼓動は大きく跳ねた。
あぁ…そういう事かよ。
モヤモヤしてたのが一気に吹っ飛んだ時、車は止まった。

「Shit!」

忌々しげに呟いた政宗の声で目を開けると、ヨレヨレのリーマンがコッチを見た侭固まってやがる。
終電逃して朝まで夜明かしでもしてやがったのか。
政宗は窓から身を乗り出して、ソイツに噛み付く様に叫ぶ。

「Son of a bitch! Kick your ass! 死にてェのか?」
「ひッ…」

今にも殴り掛かりそうな政宗の剣幕に、ヘビに睨まれたカエルの様に微動だにしねェソイツ。
なんだか可愛そうに思えて、怒り心頭な政宗に言ってやる。

「…轢かなかったんだから、勘弁してやれよ。」
「チッ…」

政宗は軽く舌打ちすると、再び車を走らせ始めた。


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